2013年09月09日

アマゾンの「マッチブック(MatchBook)」の「今でしょ」はどうよ

 アマゾンがアメリカで「マッチブック(MatchBook)」というサービスを始めるという。過去にアマゾンで紙の書籍を買ったユーザーに電子書籍を格安で抱き合わせるというサービスである。紙と電子の抱き合わせは十分想定内のもので驚くにはあたらない。ここで重要なのはなぜ「今なのか」ということだろう。

 「マッチブック(MatchBook)」は既存の書店では決してできないサービスであり、他の電子書籍ストアでもまねできない。既存の書店では新規で書籍を売る場合には電子版をおまけにすることはできるが、過去に販売した書籍では、電子版をアドオンすることは不可能だ。

  「紙も電子も欲しい」というニーズは少なからずある。本に内容による、というより読者のプライオリティに依存するので、欲しいものは両方欲しいということになるだろう。欲しいではなく必要というケースもあるだろう。ラーリングやビジネスシーンでは紙の書籍だけでなく、携行を求められるコンテンツは少なくない

 そのニーズに今応えているのが、「自炊」である。とはいえ自炊はそれを目的化した人たちが行っていて、世間では当たり前の所作にはなりようがない。つまり自炊している人たちは自炊すること自体に快感を覚えている。本を電子化して読むことは二次的になっている(ケースが多い)に違いない。自炊したくはないが両方欲しいユーザーにはとても便利なものが「マッチブック(MatchBook)」ということになる。

 電子書籍の普及では、そのモデルを楽曲ダウンロードの経緯に求めるのが一般的だろう。同じ経過を辿るかどうかは別にしても、似たような経緯を辿る可能性はきわめて高いのではないか。楽曲ダウンロードでは、ダウンロード販売の増加につれ当初CDとダウンロードの両方の需要が伸びた。ところが数年もしないうちにCDは売れなくなり、ダウンロードのみが普及した。つまりCDは淘汰されてしまった。同じように電子書籍の普及によって紙の書籍は売れなくなっていくのだろうか。

 電子書籍も普及すると、紙の本は駆逐されていくだろう。ただし紙の書籍は形態や販売方法が多岐にわたりすぐに淘汰されることはないだろう。じわじわと紙のシェアは落ちていき、電子書籍しか売れないものが増えていく。大半の書籍は電子書籍しか売れないようになっていくに違いない

 おそらく日本では数年というスパンで紙の書籍が駆逐されていくことはないと思う。なぜなら、売れるコンテンツは電子書籍より紙の書籍の方が利益率は高いからだ。紙の書籍の方が付加価値を追加して利益を上げやすい。電子化したら売れるということはないので、コンテンツに付加価値を追加し、全体的なバランスの中でコンテンツの配布配信を考えていくようになると思われる。出版社は売れる書籍の資源を集中していくことになる。

 つまり紙の書籍がオリジンではなく、コンテンツそのものをオリジンとして販売の展開を模索するようになる。リリース時に両方を同時に発行する場合もあれば、電子書籍は一切出さないというケースもある。電子書籍を先行してリリースし、紙の書籍を豪華版して差別化するという方法も普通になっていく。そうなれば、同じものを単に紙と電子で並べるという手法は大きなインパクトを持ち得ない

 アマゾンのジェフ・ベゾスが思っていることは、書籍は電子化されてCDと同じ道を辿るのではないかということを前提にして、いずれ書籍の大半は電子化が標準となり、古い書籍もそのまま電子化したものが必要になるということだろう。それはそれで間違いないにしても、CDがマーケットを奪われたように、紙の書籍は電子書籍にその座を簡単に明け渡すだろうか。そうなるにしても、かなりの時間がかかるのではないか。

 「マッチブック(MatchBook)」サービスはなぜ2013年10月なのか。それはジェフ・ベゾスがアメリカでの電子書籍は次のステージに入りつつあり、これからは紙の書籍が淘汰されていくと考えているからだろう。電子化は一気にすすみ、書籍コンテンツのメインストリームは電子書籍になると見ている。これから紙の書籍は急速に売れなくなっていくという予想が背景にある。

 アメリカでは全書籍内の電子書籍のシェアは2012年で20%を超えている。2011年の中ごろに14%程度だったので急激にシェアを高めていることなる。アメリカでの電子化の流れでは、「マッチブック(MatchBook)」サービスは「今でしょ」だといえそうだ。

 とはいえ、10年前の書籍を電子化したものを、抱き合わせでのみ安くするというのは批判も多いのではないか。古い本はハードカバーのあとはペーパーバックになって価格はうんと下がるわけだから、電子書籍もそれに合わせた価格設定にしてもおかしくない。

 それをせずに電子書籍の廉価版を抱き合わせのみにするのは、ユーザーの購買意欲を刺激するためだろう。抱き合わせ販売でユーザーの購買意欲を刺激するタイミングこそ「今でしょ」とジェフ・ベゾスは考えているに違いない。紙と電子という水平化した流れになるのか、それともそれぞれに付加価値をアドオンした異なるコンテンツが主流となっていくのかは、これからの動向に注目するしかない。

 もっともそれにしても、AKBがCDという流通パイプを利用して投票権や握手権を売るように、書籍の付加価値も主客転倒するだけかもしれない。そうなると、やはり紙の書籍の行く末はCDと同じだといえる。それを踏まえて付加価値を創造するスタンスを持たないと日本の出版社はジェフ・ベゾスの裏をかけないかもしれない。下手に裏をかこうとせず流れに乗っていく方が本当は近道かも。



◆アマゾン、電子書籍でも奇策! 紙の本の購入者に電子本を割安で販売、18年前の購入も対象
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kokuboshigenobu/20130909-00027949/

 
posted by 上高地 仁 at 15:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース&トピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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