2011年10月26日

スティーブ・ジョブズ伝記はジョブズの遺言か

 ウォルター・アイザックソンのスティーブ・ジョブズの伝記が発売された。書籍版も電子版も日本では価格が同じなので、ブーイングの嵐になっている。しかしジョブズが亡くなったすぐ後に発売されるとあっては、電子書籍だからといって安くしてしまえば、商売人の沽券に関わる。誰でもが発売元の出版社の担当であれば、高く売りたいと思うに違いない。僕が担当者であれば、特典付きの期間検定の電子書籍版を別に用意して、そちらは書籍版よりも高い価格設定をする

  まだ書籍は未読だが、内容についてはいくつかニュースになっている。電子書籍版はもう少しすれば、バーゲンする可能性が高い(保証するわけではない)ので、もし今すぐ欲しいのでなければそれまで待てばいいし、今買うのであれば書籍版の方がよいと思うからだ。

 ニュースになっている記事でもっとも気になるのは、Yahoo!の

Steve Jobs 氏、Android OS を「叩き潰す」と誓っていた

という記事だろう。Androidとの全面戦争をにおわせる記述があるという。サムソンとの訴訟合戦は前哨戦に過ぎず、これから本丸のGoogleに攻め入るというのだ。Androidの父といわれるアンディ・ルービンが一時Appleに在籍していたこともあって、これからもAndroid OS の「盗用」は話題になるに違いない。それにしても、ジョブズは本気でGoogleに戦争を仕掛けるつもりだったのだろうか。

 AndroidがiOSに酷似しているにしても、似ているという理由だけでAppleの主張が通るとは思えない。いまさらタッチスクリーンを使用したAndroidの携帯デバイスやタブレットの認めないとなれば、経済的な打撃は大きい。アメリカの司法省はどっちつかずの態度で訴訟を長引かせるのではないかと思う。

 スマートフォンは当初から

iPhone vs Android

と比較された。そのわかりやすい対決の構図が普及を促進した。もしAndroidがなかったら、iPhoneがこれほどまでに普及することはなかったはずである。ユーザーはデバイスの更新時に、iPhoneにするか、Androidにするのかという選択肢を無意識に受けいれたからである。Androidによって、AppleはiOSの販売数を増やし、GoogleはWeb広告の表示回数を増やすことができる。無償のAndroid OSは両者にとってWin Winの存在だったと思うからである。

 「スティーブ・ジョブズ」はジョブズの語りをまとめているが、すべてを本音で語っているという保証はない。ジョブズがAndroid憎しの感情を持っていたとしても、彼は生きているときには、Googleを訴訟するという行動には出なかったではないか。本気でそう思っていれば、生きているうちに訴訟したに違いない。ジョブズの性格を考えると、たとえ病身でも訴訟すると決めたら躊躇しないだろう。

 Appleにとって、Googleとの対決姿勢を強くするのはメリットがある。これからiPhoneのキャリアを増やしていきたいはずで、その場合、Android OSの脆弱な技術基盤を訴求するのは有効だからである。AppleはiPhoneの販売では厳しい条件を付けてキャリアを縛るので、高飛車に営業するしかない。つまり、訴訟はネガティブ・キャンペーンである。

 Android OSの将来が陰ってくると、いまだiPhoneを販売していないキャリアでもiPhoneも販売を本気で考えることになる。おそらくドコモの社内でも、AppleがAndroidを訴訟したことで、iPhoneを扱うこと反対しにくい雰囲気は生まれているのではないか。Androidへの訴訟はiPhoneの普及には確実に追い風になるはずである。

 ジョブズがインタビューに応じたとき、発行された書籍を広報的に使うことを間違いなく意識していたはずである。新製品のプレゼンのように話した内容がさまざまなシーンで引用されることをわかった上で発言しているはずである。書いていることに嘘はなくても、表現の温度差は本音ではないかもしれないということだ。

 たとえば、同じ本の中で、ジョブズはビル・ゲイツを酷評している。発言の内容は本音だとしても、だからといってゲイツの人格を否定しているわけではない。ビジネスは新しい発明だけでできるわけではなく、既存の技術やアイディアを組み合わせて生まれるものも少なくない。概ね世間での成功は、他社の成功事例を盗むことから始まる。ジョブズはそういう方法は採用できない性格だっただけである。そういう意味ではゲイツは、ジョブズにないものを持っていたし、ジョブズもそのことは理解していただろう(まあでも、俺の方がすごいと思っていたと思うけどね)。

 だからこの発言こそは「死せるジョブズ、生けるGoogleを走らす」ということだと思うのである。予想より急速に普及したAndroidの成長速度を鈍らすためのブラフではないか、という憶測もありではないだろうか。Android憎しといっても、感情的に発言しているのではなく、計算して厳しい対決姿勢を演出している面もあると感じるのである。

 そうすると、最後に勝利するのはAndroidなのかということになる。世の中には統合された環境に安心する人もいれば、デバイスをカスタマイズしたいユーザーもいるので、両者は対立構造のまま進んでいくだろう。極端に言うと、たとえGoogleが敗訴してAndroidがなくなっても、変わりのものが現れる。iOSだけで世界を支配することはできない

 ただし可能性としては、iOSにBoot Campを用意してAndroid OSをエミュレートさせることもあるかもしれない。AndroidでiOSをエミュレートすることはできないが、iOSでAndroidをエミュレートすることは可能だからである。訴訟によって、AppleとGoogleとの擦り合せの機会はますます多くなる。その中でジョブズの本当の遺言が見えるようになるに違いない。



◆Steve Jobs 氏、Android OS を「叩き潰す」と誓っていた
http://bit.ly/sz8deh



 






 
posted by 上高地 仁 at 13:07 | Comment(1) | TrackBack(0) | Apple/Macintosh/iPhone | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まことな遺言みたいですね。
アンドロイドを叩き潰すってね。
継続者にね。
Posted by セキュリティ認証 at 2011年10月26日 23:19
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