2010年07月13日

電子書籍で変わる出版業界の混乱は印刷会社のチャンスだ

 電子書籍が普及しつつあることで、出版業界はいままで再販制度の中で腐りつつあった膿が一気に吹き出し、業界の基盤が失われようとしているといってもよい。出版業界は瀬戸際に立たされつつある。しかし、ピンチはチャンスである。チャンスを生かせるのは既成の書籍販売のアプローチを捨てきれない出版社ではなく、その周辺にいる印刷会社ではないかと僕は思うのである。

 

  印刷業界にデジタル化の波にやってきて「DTP」と呼ばれた。1984年にAppleが「DeskTop Publishing」呼んだことに始まった。日本に1988年から1989年にかけて上陸した。

 多くの印刷会社は「DTP」を鼻で笑ったが、笑いも乾かぬうちに、まず写植業界が行き場を失った。デザイナーも印刷会社も我先にDTPシステムを導入し、写植を内製化した。写植は安価なDTPシステムにマーケットを奪われたのである。

 DTPソフトが高度化するつれて、今度は製版会社が行き場を失った。出力センターが普及したため、DTPデータをそのまま出力するだけで、カラー製版は完成したからである。人海戦術で行うフィルム製版に、DTPは引導を渡したのである。

 「写植」が失われていくとき、写植業に携わる業者の多くはどうしたのだろうか。多くは出力センターに転身した。写植する代わり印画紙やフィルムに出力するだけであり、顧客は変わらなかった。出力センターで大手の東京リスマチックも帆風も、もともとは電算写植を生業としていた。

 出力センターが増えていくにつれて、製版会社は仕事を失っていく。製版会社も転身を余儀なくされた。出力センターに転身するケースもあったが、生き残った製版会社の多くはいままで顧客であった印刷会社を捨て印刷業に転身した。

 印刷会社が出力の内製化を進める中、出力センターも印刷会社への転身を図り、プリブレスからプレスまではほとんど横一線になった。写植も製版も業界はなくなり、ただ印刷業のみとなった。デジタル化は業界をフラットにしたのである。

 業界がフラットになったことで、印刷業の差別化が難しくなっていく。印刷することでの差別化はほとんどできなくなった。高度な印刷物であっても、最新の出力機や印刷機を導入すれば、ノウハウもスキルも不要になった。DTP技術は丸裸になり、印刷業の社会的価値は下がったといえる。

 そこで印刷業はサービスを強化するしかなくなった。たとえばWebサイトの制作や運営を受注し業容を広げるか、印刷通販というようにサービス内容を特化して行くことになった。

 写植機を捨てた会社が出力センターで成長したように、印刷通販では製版設備を捨てた会社が業界のトップに躍り出た。既存のマーケットを失い、いままで積み上げてきたものを捨てたとき、新しいマーケットで花を咲かせることができたのである。

 そうはいっても、印刷会社はデジタル化の後バブルがはじけ死屍累々であった。倒産廃業は珍しくなく業者数は大幅に減った。手元の資料では1990年の印刷・製版業の合計(従業員4名以上)で2万3400社で、2004年には製版業が半減以下、両方の合計でも1万5400社まで落ち込んだ。

 現在の企業数は少し回復しているが、印刷物はデジタル化され印刷代がトコトン安くなるまで、多くの製版会社と印刷会社が討ち死にしたのである。出版社も電子書籍が普及する中で、厳しい淘汰が待ち受けており、印刷会社のように三分の一くらいは名前が消えるかも知れない。



 出版社が苦しいのは単に本が売れないからだが、何故売れないのかというと、発刊数が多すぎるからである。点数を減らせば、一点あたりの販売数が増え利益は増大する。売れるとなれば同工異曲の書籍が山積みされる。これで売れるわけはない。

 書籍流通は、再販制度という社会主義的な制度を保持したまま発刊点数を割当制にしなかった。そのため出版社は互いに首を絞め合うことになった。再販制度を保持するなら、新聞やテレビのように出版社出版点数も認可制にすればよかったのである。

 再販制度の問題は、販売の工夫ができないので、書籍そのもので勝負するしかないということだろう。モノを売るのは大昔に終わった。本なんて売れないのである。売れている書籍は、本が買われているのではない。「話題」で買われているだけである。

 もちろん書籍と買われていく部数もある。しかしビジネスとして成立させるためには、それだけでは不十分なのだ。「話題」を盛り上げ、ついでに買って貰う部数を増やさないと採算割れするのである。

 逆に言うと、人々の口の端に上がるようなプロモーションをしなければ本は売れないのである。幻冬舎が成長したのは、話題になるようなテーマの本を発刊したからであり、その時点で本は「中身」で売るものではなくなったことが明確になった。

 いまだに多くの出版社は本の中身で本は売れると信じているが、もしそうだとしたら、それは間違っている。どんないい製品であっても売れないものは売れない。品質が劣悪でもプロモーションがうまければ売れるのである。本の中身と売り上げには直線的な相関関係はない

 電子書籍になっても、既存の本をそのまま配信して売れることはあり得ない。書店の店頭で売れない本が電子書籍で売れるわけがない。読者が安いから買うのではない。興味があるから買うのである。安い方が敷居が低くなるので売りやすいというだけである。

 そうすると、まず最初にするべきことは「興味を持たせる」ことである。それができなければ、どんな電子書籍も売れない。しかし興味を持たせて電子書籍が売れれば、紙の本も売ることができる。そのとき出版社は再販制度が足枷であったことを知ることになる。

 残念ながら「興味を持たせる」ようなプロモーションができない出版社は自転車操業の中で足を絡めて転倒するしかない。印刷会社もデジタル化に対応できなかった会社だけでなく、営業手法の工夫を怠った会社が取り残されたのではないか。出版社にも同じ道が用意されているだろう。

 多くの出版社はぬるま湯のカエルのように、再販制度に守られた書籍の流通と激しく変化する電子書籍の間を右往左往するだけで、時代に取り残されていくことになりそうである。おそらく既存の流通を使わずに書籍販売できる出版社でなければ生き残りは難しいに違いない。


再販制度を捨てて勝負しろ、である。



 今の出版社が書籍を売る努力をしていないわけではない。ただし彼らの努力は売れるネタを探す努力であって、ネタを売り込む努力ではない。誰でも思いつくネタは売れればすぐに真似される。他社が真似のできない方法を見つけるしかないのである。

 少し前まで話題になった「たぬきちの「リストラなう」日記」というブログがある。電子化で揺れる出版社の内情が透けて見える。印刷業界もDTPの初期の頃はああやって沸き立っていた。書籍化のオファーがいくつも舞い込むのを見ると、出版業界の関心度が極めて高いことを伺わせる。

 ただ商売が下手だなと思うのは、ブログを閉鎖する前に書籍化したブログ本を販売しなかったことである。ブログのアクセスがピークに達して、閲覧者が沸き立っているときに、販売しなければ書籍の販売数を伸ばすことはできないのではないか。

 ブログの更新がなくなれば、訪問者の数は著しく低下する。そのとき書籍を告知しても、ブログ訪問者に告知が届かなかったり、熱が冷めてしまい購入には及ばない。熱心に書き込んだ訪問者であっても、1ヶ月もたてば別のモノに関心が移っていることは珍しくはない。

 著者が満足する内容にこだわり、コメントを網羅して360ページ超の大作にすることよりも、訪問者の熱が冷めないうちに、たとえ「拙速」であってもブログのエッセンスを読み取れる書籍を先に販売するべきだった(と思う)。著者が納得する本は後から販売してもいいのではないか。

 書籍購入者は著者や編集者が満足する本が欲しいわけではない。有名な作家の本は違うよ。しかしブームになって作られる本は、内容よりもタイミングの方が重要であって、「いい本」であることより「いま欲しい」本を販売するべきなのである。

 ところがそれはできないのである。理由はいろいろあるが、いままで出版社はそこまでガツガツしなくてもビジネスが成り立ったからだろう。つまり、書籍流通に配本する本を作ればいいという発想から抜けきれないのではないか。どこかに「いい本は売れる」という思いがまだあるのだろう。

 もちろんたぬきち氏が納得のいくように本を作りたいということに文句を言う気はない。ただ、もったいないと思うだけである。彼だって、退職した後すぐにブログを書籍化した本を売れば売れるのはわかっているはずである。おそらくそういう売り方はしたくないのではないか。

 それは「武士は喰わねど高楊枝」みたいなものだろう。売れるときにブログを書籍化して売れば、非難中傷は免れない可能性が高い。いつの時代も「このやろう、儲けやがって」と感じて妬みで人を平気で傷つける人はいるからだ。

 いい本作る(ことは当たり前にしても)ことにこだわりすぎ、非難を畏れていると儲けることはできない。彼の選択を見ていて思うのは、どの出版社の社員も同じような立場に立てば、彼と同じように考え行動するのではないか、ということである。そこに出版社の限界を見たといえば言い過ぎだろうか。

 電子書籍には再販制度はない。価格は維持できない。利益を出すには価値の高いときに売るしかない。電子書籍も「いい本」にこだわっていたら、売り時を逸失する。売れないものは安くするしかない。しかし安くするときもタイミングがある。タイミングを見失えば安くしても売れないものは売れない

 出版社がこれから電子書籍のマーケットに参入するとき、いままでの書籍流通で販売していたやり方を踏襲すると確実に失敗するのではないか。いうなればそれは「士族の商法」になりかねないからである。

 出版社は当分、再販制度のしがらみ、電子書籍という正体不明のばけものに踊らされるだろう。その間に、出版社とは違った発想の会社が新しい出版業を確立してもおかしくない。

 写植業界から出力センターが生まれ、製版会社から印刷通販が生まれたように、書籍のコンテンツビジネスは印刷会社の中から台頭する会社が生まれてもおかしくはないのではないか。出版業に参入するのであれば、捨てるもののない印刷会社は今こそがチャンスなのである。

 いずれ印刷業と出版業の境目はなくなるに違いないと僕は思う。



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ラベル:電子書籍
posted by 上高地 仁 at 18:58 | Comment(0) | TrackBack(1) | ニュース&トピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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