2010年06月16日

Appleの審査基準はコンテンツ制作者、ユーザーのどちらを優先するか

 「週刊ダイヤモンド」の記事に「iPad大人気の裏側で始まるか コンテンツ制作者のアップル離れ」というのがある。Appleのアプリ管理の不透明度が、コンテンツ制作者の意欲を削いでいて、GoogleのAndroidへの移動が始まっているという記事である。突っ込みどころは面白いが、内容はいまいち浅いのではないか。

  Appleの詳細な規約は誰にとっても煩わしい。先日もAppleのアフィリエイトについて、アフィリするならプライバシーポリシーを掲載せよ、という案内がきた。案内のサンプルはこんな感じ。通常、アフィリエイターは注文が完了しても誰がそのリンク経由で申し込んだのかはわからない。つまりバリューコマース(だけでなく)のアフィリエイトでは、Appleのアフィリについての個人情報は掴みようがない。にも関わらず

プライバシーポリシーを掲載せよ、さもなくばパートナー関係を維持しない

という。しかしサイトにプライバシーポリシーを掲載するというのは、Appleのアフィリエイトとは関係なく、アフィリエイトサイトで得た個人情報を「流用、悪用するな」ということだろう。

 アフィリエイトするなら特定商取引法の記載をしろ、というのであれば理解できる。アフィリエイトでもリンク元ページの記載事項はアフィリエイターの責任だからである。

 しかしプライバシーポリシーを遵守すると明記したサイトしかアフィリさせないというのは行き過ぎではないかと思うアフィリエーターも多いのではないか。もちろん、小遣い稼ぎのアフィリエイトであっても、純然たるビジネス行為でありプライバシーポリシーを遵守するというのは、ある意味では当然ではある。

 本来であればアフィリエイトするなら、サイトにプライバシーポリシーを掲載するべきということを法律で決めてもいい事柄かもしれない。とはいえ法律はいつでも後追いである。アフィリエイトサイトがそこで得た個人情報を悪用し、社会的な事件を起こすと立法化に動く。しかし事件がなければ立法化されることはあまりない。

 しかしAppleにとっては、Appleのパートナーという登録したサイトがプライバシーポリシーを守らず何らかの事件を起こしたとしたら、Appleのイメージを損なう可能性がある(ほとんどないとは思うけどね)。そこで

転ばぬ先の杖

としてプライバシーポリシーの掲載を求めてきたのではないか。Appleの煩雑で詳細な規約はたいていは「転ばぬ先の杖」だという気がするのである(まあ、お節介が過ぎるという気もしないでもない)。


 さて「週刊ダイヤモンド」の記事に話を戻そう。この記事ではコンテンツ制作者離れの理由として、

アプリの審査基準が不透明
突然のアプリ削除
Androidのシェアが増加


を上げている。iPhoneやiPad用にアプリを開発しても、審査が通るかどうかはわからないし、青天の霹靂のようにある日突然にアプリが削除されることもある。となると安心してアプリを開発できない。さらにアメリカではAndroidのシェアが増加している。審査のないAndroidアプリを開発するほうが儲かりそうだ、ということだろうか。

 「アプリの審査基準が不透明」というのは確かである。基本的には申告した通りに動作しないアプリや公序良俗に反するアプリは審査を通らない。しかし、それだけでなく、それ以外のさじ加減はあるはず。それが外部から見るとAppleの審査はブラックボックスのように映るのである。しかしすべての詳細な審査基準を公開するべきだと言い切ることもできない。少なくとも今は難しいのではないか。

 たとえば、銀行でお金を借りるとき、銀行は審査基準をオープンにするだろうか。事業用資金であっても、住宅ローンであっても、「貸せません」と言って、その理由を教えてくれるわけではない。理由を教えて貰っても、それが本音かどうかはわからない。また銀行によっても審査基準は異なる。アプリの審査基準はAppleにとっては企業秘密みたいのものなので、これからもすべてが明かされる可能性は小さい。

 また、この記事では廣済堂のiPhoneアプリが審査拒否された事例が掲載されている。同じ出版社でも講談社のアダルトコンテンツ写真集の削除と異なり、廣済堂のiPhoneアプリはマガジンハウスの「Hanako WEST」をアプリ化したまっとうな電子書籍である。削除される理由は見あたらない。

 考えられるとすれば、iPhone/iPadでのタイトル型の電子書籍アプリをAppleがいやがっているということと関連しているということだ。iBooksの展開に伴って、タイトル型電子書籍アプリを排除する方向に向かいそうである。

 電子書籍についてはタイトル型が乱立すると、ユーザー側が混乱し使い勝手が煩雑になる。長期的に見ればタイトル型電子書籍アプリはない方がいい可能性はある。アマゾンに、Kindleで動作するタイトル型の電子書籍を配布したいといったとき、アマゾンはそれを受けいるのだろうか。おそらく拒否されるのではないか。Appleは電子書籍についてはiBooks Storeに集約していこうとするに違いない。

 Appleはタイトル型ではなく、In App Purchase(アプリ内課金)を推奨しているらしいが、それには数の縛りがある。電子書籍のコンテンツホルダーには不利な枠組みが用意されているのである。その先にはiBooks Storeがあるといっても、言い過ぎではないのではないか。

 もしそうなると、華々しくデビューしたAdobeの「Digital Publishing Platform」は日の目を見る前に墜落する可能性もある。Adobeにできるのは、InDesignでiBooksに対応したEPUBプラグインをリリースすることくらいしか選択肢がないかもしれない。そんなものはいらないか。

 かつて、電子書籍ではないiPhoneアプリがごっそり削除されたことがあった。セカイカメラの削除が有名である。AppleがWi-Fiの利用法(Wi-Fiで利用していたPlaceEngineはプライバシーの扱いで問題があるとか、iPhone OSの公開されていないフレームワークを使用しているとされるが、本当のところはわからない)についてのルールを予告なく変更したため、それに該当するアプリは即座に全滅した。これは最初に書いたようにAppleの「転ばぬ先の杖」であって、これからも同様のことは発生するだろう。もっともセカイカメラも含めて大半のアプリは、バージョンアップすることで変更されたルールに遵守して復活している(結局のところ、セカイカメラは削除されて知名度をアップしたよな)。

 Appleは自社の都合で、予告なくルールを変更する。iPhone/iPadなどの新しいプラットフォームを保持し、自社の利益を守るためにである。そのルールの変更でメリットを享受するのは、残念ながら「コンテンツ制作者」ではない。iPhone/iPadのユーザーなのである。ユーザー視点でルールを変更している限り、iPhone/iPadの優位は揺るがないのではないか。Appleは「コンテンツホルダーとプラットフォーム業者のあいだの信頼関係」より、iPhone/iPadユーザーとの信頼関係を優先していると考えた方が良さそうだ。

 整理すると、一般アプリの予告のない削除は、ユーザー保護のため。電子書籍の審査不通過は、iBooks Storeのため(つまりAppleのビジネスのため、あるいは不適格コンテンツのため)と分けて考えたほうがいいのではないか。

 ちなみにAndroidは同じスマートフォンといっても、機種が変われば同じアプリでも動作するという保証はない。iPhone/iPadは販売された数だけのマーケットが広がるが、Androidは審査のない分だけ自己責任で機種毎の動作確認が必要になるし、販売も自分の手でするしかない。Androidのコンテンツビジネスのリスクも決して小さくはない。

 Appleの審査を嫌って多少のコンテンツホルダーがAndroidにシフトしても、それ以上にAppleのコンテンツホルダーは増加していきそうである。そしてAndroidに移行したコンテンツホルダーの多くも、いずれはAPP Storeに戻ってくることになりそうである。


◆iPad大人気の裏側で始まるか コンテンツ制作者のアップル離れ[Yahoo!ニュース]
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100615-00000000-diamond-bus_all

◆電子書籍配信サービス iPhone/iPod touchで読む電子書籍|廣済堂
http://www.kosaido.co.jp/domain/it/ipbook.html

◆講談社の電子写真集 米アップル、配信を停止[Yahoo!ニュース]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100602-00000039-san-bus_all

◆セカイカメラがApp Storeから削除されている[app to i]
http://www.apptoiphone.com/2010/03/app-store.html

 
posted by 上高地 仁 at 17:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース&トピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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