iPadはiPodの来た道を辿るのか【電子書籍の衝撃】



 出版社を奈落に落とす電子書籍の「今」をわかりやすく、『月刊アスキー』編集部にいた佐々木俊尚氏が著した本が『電子書籍の衝撃/ディスカヴァー携書』である。アマゾンはKindleで儲けていなかったことなどの電子書籍の裏側も書かれていて興味深く読みやすい新書になっている。

  『電子書籍の衝撃/ディスカヴァー携書』は新書なのに、定価が1,100円(税別)もする本だが、これだけ電子書籍が話題になると、全体像を知る上で読んでおきたい1冊だろう。オビには

2011年新聞・テレビ消滅!?

という惹起効果をすでに消失したと思われるコピーが書かれていて、オビのキャッチコピーを書いたライターやそれを選んだ編集者の感性を多少疑わざるを得ない。もう少しインパクトのあるポイントを突いたキャッチコピーは書けないものか。

電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)
 もっとも電子書籍に関心のない層にアピールするために、手垢にまみれたコピーを敢えて選択したのかもしれない。「新聞・テレビ消滅!?」と書けば、書店でこの本を手にする人が増えるからである。しかしこのキャッチコピーに惹かれる人は、電子書籍には無縁の人ではないか。テレビが登場したとき、「新聞が消滅」と言われて、インターネットが普及したときも「新聞とテレビが消滅」という根拠のない意見が交わされた。電子書籍くらいで、新聞やテレビが消滅するわけはない

 電子書籍の最大の衝撃は既存メディアを消失させることではない(緩やかに衰退していくにしても)。メディアが新しく生まれて、我々の行動を大きく変えることにある。生き方が大きく変わる可能性を秘めていることである。

 この本では電子書籍を将来を予想するために

アメリカの電子書籍の状況
楽曲配信でiPodがスタンダードなるまでの経緯
アンビエントになる「書籍」
マスの終焉とセルフディストリビューション

を取り上げている。日本での電子書籍の普及が、アメリカが辿った道と重なるのかどうかはわからないが、アメリカでは感染力の強いウイルスのように結構な勢いでKindleが増えていて、著名な著者が既存の出版社を飛び越してアマゾンと直接に契約したりするので、出版社は戦々恐々としているらしい。アメリカの出版社を襲った恐怖が、日本の出版社にも伝染しているようだ。iPadの高い人気も、その恐怖を後押しする。

 iPodによって、音楽は携帯していつでもリスニングできるものになった。KindleやiPadで電子化された書籍は、携帯することが可能になりアンビエントな存在になる。iPodが普及したように、アンビエントな電子書籍も普及するだろうか。音楽と電子書籍が同じ道を辿るという証拠はないが、電子書籍の未来を予想するには、音楽配信の歴史から類推するしかないということだろう。

 本音を言うと、書籍を電子化して持ち歩く価値が本当にあるかどうかは疑問である。電子化してしまうと、検索は自分の脳みそでしなければならない。検索というのは、テキストの検索ではない。書籍の重要度、つまりプライオリティとかレイティングなどである。それらは端末がやってくれるわけではない。

 プライオリティとかレイティングはメタ情報として付加すればいいじゃないかという意見もあるだろう。メタ情報化するのは簡単だが、書籍の重要度はその時々によって変わる。同じ本に対しても、ハイな気分の日と、雨が降ってブルーな気持ちの日では重要度は変わってしまう。メタ情報にしてしまうと「現在」を反映できないのである。そのうち、PCではなく脳にプラグを差してこんで、脳みそとシンクするようになれば別だけどね。

 この本の中でも「文脈のある本棚つくり」として往来堂が紹介されている。「文脈のある本棚」を書店を実現すると、書店で本が売れるようになる。関連した書籍を並べることで、書籍をクロスセルできるからである。つまり合わせ買いである。書店はマーケティングで「常識」になっているノウハウを全くできていないので、クロスセルしやすくするだけで、本は売れるである。

 KindleにしてもiPadにしても、電子化した書籍の自分で「文脈化」しなければならない。人間が「文脈化」できる書籍の数は知れている。数千冊ということはまずないのではないか。逆に言えば、「文脈化」を支援するノウハウが端末にあれば、電子書籍のアンビエントかは進むかも知れない。人間の手でもたいへんなのに、「現在」のプライオリティを反映する方法をソフトウェアでシステム化するのは、まだまだ時間がかかりそうである。

 ただし、興味の強い特定のテーマの書籍やマルチメディアコンテンツをiPadなどに集約させて携帯するということはあるだろう。その場合だとビジネスでも利用でぎそうだ。というより、ビジネスでの関連コンテンツを集約する手段としてiPadが使われていき、電子書籍がそのコンテンツメディアの1つになっていきそうである。

 もう1つの要素は、出版社などのマス媒体が価値を失って、個人が直接バブリッシングすることにある。この本ではセルフディストリビューションと呼んでいる。セルフディストリビューションするような人を「マイクロインフルエンサー」と定義しているとが、マイクロインフルエンサーとオピニオンリーダーとの違いはよくわからない。おそらく、マイクロインフルエンサーは影響力がオピニオンリーダーよりさらに小さいに違いない。

 そういうマイクロインフルエンサーが自らセルフディストリビューターになって、バブリッシングできそうなのが、電子書籍らしい。しかし、特定のコミュニティの中で影響力を持つ人は、電子書籍を選択しなくてもよい。選択肢の1つに電子書籍があるという程度ではないか。

 振り返ってみると印刷業界も、デジタル化によって大地震に見舞われたが、印刷物がなくなったわけではない。売値は下がって、業界の規模は小さくなったが、用紙の使用量が激減したわけではない。印刷物の平均ロットは減ったが、ロットが小さくなって印刷点数は増えている可能性はある。

 出版業界の大地震はこれからである。出版業界が硬直化しているのは確かで、これから巨大な波が襲うことは間違いない。既得権益で守られていた分だけ、震度は大きいと考えるしかない。出版業界にとっては電子書籍は選択肢の1つであり、紙の出版と電子書籍の両刀使いで凌いでいくしかないだろう。

 いずれ、ハードカバーより、電子書籍を高く売るノウハウを見つけた出版社が生まれくる。そうなるには、書籍の主体を出版社ではなく、購入者にシフトさせる必要があるだろう。出版社の押しつけがましい良心を詰め込んだいわゆる「良書」を捨て、「悪書」であっても特定の購入者に圧倒的な価値を付与できる出版社が生き残ってくるのではないか。

 電子書籍に付加価値を付けてより高く売ることができれば、出版社にもまだまだ未来はあるし、出版業界以外の参入は増えるに違いない。電子書籍がどうなるのかは誰にもわからないが、だからこそ、そこにはワクワクする未来が待っていそうである。


◆電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書) (新書)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887598084/incunabucojp-22

 



タグ:電子書籍

posted by 上高地 仁 at 13:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | みだれうち読書ノート
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