昔、まだウイルコが大きく知られる前に、成長の秘訣を聞いたことがある。もともと普通の印刷会社であったが、あるとき得意先が倒産(?)したことが、のちの通販事業に転向するきっかけになったという。得意先が倒産して、回収したのはお金ではなく健康食品だった。つまり現物で支払いを受けたことに始まるという。
ダイレクトメールの健康食品を貰ってもなぁ
というのが本当のところだろう。健康食品をダイレクトメールで売ったのに売れなかったためにその得意先は倒産したわけであり、その「売れない」健康食品を貰っても仕方がない。他の得意先に配布したり、仕入れ先や社員に買わせるのが関の山である。
ところが、くだんの会社は、自社のリスクでダイレクトメールを制作し、倒産した得意先が売ることにできなかった健康食品を売ることにしたという。健康食品が言い値で売れれば、未回収の印刷代はすぐにカバーできるからだ。その取り組みから、ダイレクトメール印刷に特化し、通販事業そのものを手がけるようになったウイルコが生まれたという。軌道に乗るまでには紆余曲折があったに違いないが、ウイルコ躍進の始まりは、健康食品での現物回収だったたらしい。
なにぶん、大昔に聞いた話なので、勘違いがあればご勘弁願いたい。しかし、その話を聞いて印刷会社が地響きを立てて大きく変わっていく予兆を感じたものだった。残念ながら、大きく変わってはいないにしても、変わらざるを得ない現実はいまでも大きく立ちはだかっている。
後発で急成長した印刷会社がベスト電器という大口の得意先を捕まえるためには、大手の印刷会社が太刀打ちできないようなアドバンテージを示す必要がある。それが障害者向けの割引制度だったのだろう。ただ障害者の割引制度を「悪用」するというような慣行は印刷業界では昔から黙認されていたのではないか。印刷営業していると、
障害者の割引制度を使うと郵便が格安になる
というような話を小耳にはさむ機会は少なくないと思う。金額が少額であれば検察が立ち入ることもなかったかもしれないが、
差額の総額は少なくとも4億円以上
ということであれば、検察も見逃すわけにはいかないだろう。もちろん、悪用は少額であっても「不正」であり「違法」である。「勝って兜の緒を締めよ」というものの、実際にはなかなか難しいのかも知れない。小規模の印刷会社の意識のままでイケイケドンドンで営業すると、足下を見失うのかもしれない。
この事件をきっかけに印刷業界も倫理を逸脱した営業方針があれば見直すことが必要になることは確かではないか。法律的に「灰色」であっても、印刷会社の規模が大きくなれば社会的責任も重くなり、「灰色」は許されなくなるに違いない。もっとも、それは印刷会社に限ったことではないけどね。
◆障害者郵便悪用事件[Yahoo!ニュース]
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/handicapped_person_mail/?1239860248
ついでながら参考までに、2002年のDTP-Sウィークリーマガジン第128号(2002.9.4発行)に書いた記事を転載しておく。
■印刷物は印刷会社が生み出す時代になったぞ
先日とある印刷会社の事業のプレゼンを受ける機会があった。この印刷会社は地方にありながら、ここ数年右肩上がりで業績をのばしているのである。その売り上げ規模も数百億円なので、印刷業界においては“希有”な存在といってよいだろう。おそらくご存じの方も多くいると思うが、会社名は伏せておく。
この不況期に毎年10%を越える成長率を果たしている秘訣はどこにあるのか、しかも数百億の規模で、ということであれば、当然気にならないわけではない。
成長の秘訣は、まず製品の差別化にあった。オフセット輪転機の後工程で行う加工をアメリカ製の特殊な加工に対応したインラインマシンを導入したことにある。オフセット輪転機は、印刷した後、ドライヤーで強制乾燥させ、そのまま折り加工を行うようになっている。しかし、日本のオフセット輪転機は、A列のマシンは商品カタログ専用のものが多く、A全の8折りや16折りにしか対応していないことが多い。シート出しできるマシンは少ないので、オフセット輪転で特殊な折り加工が可能なマシンはほとんどない。
このインラインマシンはトムソン加工やのり付け加工を自在に行えるため、新聞折り込みのチラシでもB4サイズでありながら、その倍の訴求面積を持たせることができるのだ。ただし、糊で中面を貼り込んであるので、開いてもらう工夫が必要になる。しかし、いったん開いてみてもらった場合の訴求率は高く、レスポンスも向上するらしい。いままでB4の両面で折り込んでいたチラシをこのオープン仕様に変更すると、コストアップにはなるが、実際にはレスポンスがアップするので、対費用効果の点ではメリットがあるようだ。
インラインマシンにはチラシ用のものと別にダイレクトメール用のものもある。そちらもオフセット輪転機で印刷したのち用紙の端に糊をつけてB2程度の大きさのチラシを1枚のDMに仕上げてしまうのである。オフセット輪転機で印刷した後、ほとんどそのままDMに仕上げることができるので、数百万部というDMも今までにない短納期で仕上げることができる他、中にクーポン券なども貼り込むことかできる仕様になっている。
まず、こういう他社にない差別化した“ポストプレス”の強みが、この印刷会社の特徴である。
もう一つの強みは、なんといっても、自社の関連会社でダイレクトメール使った通販の会社を持っていることだろう(正しくは通販のコンサルティング会社らしい)。つまり自社で通販していれば、そこで発生する印刷物はすべて社内の印刷機を使うことができるのだ。
もともとはある健康食品の会社のDMを手がけたところ、商品の売れ行きが悪く、支払いが現物支給になってしまうことがきっかけだという。
現物支給された健康食品をお金に変えるには、自社で販売するしかない、ということで、DMを作成して送ったところ、その健康食品は売り切れてしまったというのだ。それに味をしめて、印刷会社としてダイレクトメールを受注するだけでなく、自らがダイレクトメールを使った通販会社に作り、そこでDMを発生させることで、高価なインラインの印刷機を回しているわけである。
この通販事業を積極的に取り組んだことで、印刷機の稼働率はかなり高くなった。世の中何がきっかけとなるかわからないが、おそらく代金の代わりに押しつけられた健康食品をそのままバッタ屋にでも、安値で引き取らせていたら、こういう取り組みはなかったのだろう。
やっぱりな、と思ったのは、印刷の需要は探して取りに回るのではなく、自ら生み出すべきだということである。いまの時代は「鳴くまでまとう」てはなく、「鳴かせてみよう」という考え方で取り組むべきなのである。
印刷物がない中、それを探す努力をするより、自ら印刷物を生み出す努力が必要ではないかと思うのだ。特に大規模な設備を持った印刷会社は、その設備を受注生産のみに依存するのではなく、半分くらいは自社で印刷物をクリエートするくらいの発想が必要なのではないか。
以前から、印刷機という整備を単に受注生産の仕事を回すだけで使うのではなく、もっと別の使い方も取り組むべきだと考え、そう主張してきたが、実際そういう取り組みをしていて、成果を上げているという話を聞くと、私の考えていたことは、あながち間違ってはいなかったと思う。
というより、これからの印刷会社が生き残っていく道のひとつとして、自ら印刷物を発生させるビジネスを創造するというやり方は、より広く認知されるのではないか。
大企業や広告代理店がインハウスで印刷会社を持つように、印刷会社がその逆に物販やサービスの販売を手がけてもおかしくはない。もちろん、企業内印刷会社の多くが、社内ご用聞きでおわってしまうことが多いように、印刷会社が他のビジネス手がけてもリスクが多いだけで失敗する可能性も決して低くない。DMを作る場合は、当然成果の生まれるDMというノウハウが必要であり、それには、単に印刷物を制作するというノウハウだけではなく、顧客管理をどうするのかということについてもプロにならなければならない。
こうした取り組みは、当然リスクが大きい。しかしお金の設備に投資し、それを回収していくには、マルチベネフィットで取り組むべきである。おそらく今後、こうした印刷会社はさほど珍しくないようになるかもしれないが、いままでそういう取り組みは異端視されてきたであろうから、これからは誰もが印刷会社のビジネスモデルのひとつとして認知するようになるのではないだろうか。
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